2026年5月17日、AGESTOCK実行委員会が主催する『テレビの大学2026 in 五月祭 ~倉崎憲 トークショー~』が開催された。
NHKに入局後数多くのヒット作に携わってきた倉崎憲さん。今回はそんな魅力あふれる彼のイベントレポートをお届けする。
オープニング
客席で拍手が沸き起こる中、倉崎さんが登場。 登場後すぐに感謝を述べ、来場者への気遣いを見せる姿からは、倉崎さんの謙虚で真摯な姿勢が窺える。
「物語が生まれる瞬間」をテーマに、倉崎さんのこれまでの経験や制作作品について、多くのことが知れるトークショーが幕を開けた。
ストーリーテリングとは
今回は「物語が生まれる瞬間」を主題にトークショーが行われた。“物語が生まれる瞬間”のキーワードとなるストーリーテリングとは
“物語(ストーリー)を使って情報やメッセージを伝え、聞き手の共感や行動を促すコミュニケーション技術”
ドラマや映画は人にとって生きる喜びや、生きる力を与えるものだ、と倉崎さんは語った。
学生時代について
学生時代、退屈でエネルギーを持て余していた中、タイとラオスを訪れた倉崎さんは、ラオスには小学校が足りていない現状を知り、『学生国際協力団体SIVIO』を立ち上げた。
自身がバンドマンだったこともあり、イベントを開催してチケットを販売して得た資金で3つの教室と、職員室とトイレのある小学校を設立。
子供たちが嬉しそうに学校で一生懸命勉強している姿を見て、「初めて、自分たちがやってきたことが正しかったかもしれないと思えた。」と語った。
しかしその一方で、倉崎さんは「ラオスの小さな村に1つ建てたところで、僕たちは世界を変えることができない」と感じたという。
そんな時にカンボジア支援をしている別の団体の代表から「一緒に本を出そう」と声をかけていただき、この思いがタイトルになった本『僕たちは世界を変えることができない。』を見た映画プロデューサーからオファーがあり、映画が作られることに。
さらに、その映画を見た人から「長いこと希死念慮を抱いていたが、この映画を見てもう少し生きてみようと思った。」とメッセージが届いたそうだ。これを受けて、「ドラマや映画って、生きる喜びを感じられて、死のうと思っていた人がもう少し生きてみようかな、とすら思える力を与えるもの」だと考えるようになったという。
世界一周でケニアのティカという街を訪れた際、現地の子どもたちと一緒に楽しくサッカーをしていたその裏で、子どもたちがポケットからシンナーを取り出して吸う姿を目の当たりにし、写真だけではその現実が伝わらないと感じた倉崎さん。世界各地で感じた体験から、映像の世界へ進むことを決め、NHKに入局したと話した。
NHKに入局
ラジオドラマ「世界から猫が消えたなら」
NHKに入ってまだ日が浅い頃、助監督など地道に経験を積み重ねる中、ラジオドラマなら若くして監督ができるチャンスがあるという話が舞い込んできた。
ドラマ作品は脚本家と一緒に一からオリジナルを作ることもあれば、原作を自分で探し出すこともあるため、365日面白い企画を探し続けているそう。
見つけた素晴らしい原作をラジオドラマにするため、原作者と出版社を口説き、自ら出演者にオファーを出した。
まだNHKに入って2年目で右も左もわからない中で、自分にとって手が届かない人に対してアプローチをかけるためには、アナログ的な体当たりでないと届かない。そう思い、俳優の妻夫木聡さんにお手紙を書くという形でオファーを出したという。
全て込めて書いた手紙を渡した後、妻夫木聡さんのマネージャーから連絡が来た。「熱いお手紙ありがとうございます!でも…。」
手紙上で妻夫木聡さんの漢字を間違っていたことを伝えられ、大きくショックを受けたそう。しかし、妻夫木さんご本人が「会ってみたい。」と興味を持ってくれたようで、実際にお受けいただいたと話した。そして、妻夫木聡さん主演でラジオドラマ『世界から猫が消えたなら』を制作。
ドキュメント72時間
1つの現場にカメラを据え、そこで起きる様々な人間模様を72時間に渡って観測するドキュメンタリー。
倉崎さんはディレクターとして携わった。1つの場所に行き交う人たちの声を集めると、さまざまなドラマがあることがわかる。この番組について、そう倉崎さんは語った。
自身が担当した回ではないが特に好きだという新千歳空港に密着した回。3日間は1年の中で最も別れの多い3月下旬が選ばれた。
「人の思いがあるところに物語がある。」空港、花屋、病院のコンビニ、様々な場所でのドキュメント72時間を観て、倉崎さんはそう感じたと話した。
また、現場で出会った老若男女、多種多様なバックグラウンドを抱えて生きている人々の声を拾うことで、今の日本社会の問題も浮かび上がってくると語った。
朝ドラ「エール」
朝ドラ『エール』。
山崎育三郎さん演じる久志がグラウンドで「栄冠は君に輝く」を歌うシーンのあと、実際の夏の甲子園の中継に飛ぶ、という現実とリンクした演出を企画していたが、コロナ禍の影響を受けて甲子園が中止となり、悔しい思いをすることとなったそう。そして、来年こそは無事に夏の甲子園が開催されてほしいと願った。
山崎育三郎さんに、「栄冠は君に輝く」を球児たちの目の前で歌ってほしいという想いは、フィクションであったはずの物語を大きく動かし、翌年にその願いが現実のものとなった。
無観客での開催となった夏の甲子園だったが、フィクションにすぎないと思っていたドラマが現実とリンクしたことで、様々なイベントが中止となったコロナ禍における人々の希望となった出来事だったそう。
しかしながら、新型コロナウイルス感染拡大の影響は終わることなく、倉崎さん自身『エール』の後に予定していた1年間のハリウッド留学が延期となったことで、一時は絶望を感じていた。
「ここは今から倫理です。」
そのような状況下において、倉崎さんに転機が訪れる。
先輩からプロデューサーをやってみないか、との誘いを受けてドラマ『ここは今から倫理です。』を手がけた。
ディレクターとの仕事内容との違いに気づかされ、続いてプロデューサーを務めた朝ドラ『おかえりモネ』では「どれだけそのコンテンツで世の中の人の心を揺さぶり続けられるか」を追求した。朝ドラは一日あたり2000万人もの人が視聴している影響力の大きいコンテンツであるからこそ、その年の紅白歌合戦の演出も趣向を凝らしたそう。約4000万人が視聴している晴れ舞台だからこそ、世の中のみなさんに喜んでもらいたい、と「一夜限りの演奏会」を実現した。
企画のヒントは、実に色々なところに存在しているという。
あんぱん
次に語られたのは、昨年大ヒットしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』にまつわるエピソード。
『あんぱん』誕生の過程
2022年12月、自身の生き方に迷う中、当時の上司から「放送100年となる2025年の朝ドラをやらないか」と声をかけられた。雨に打たれながら遠回りして4時間歩いて帰宅する道中、倉崎さんは「自分が朝ドラを手がけるなら何ができるのか」と考え続けていた。そんな時、ふと頭に浮かんだのが『アンパンマンのマーチ』の歌詞だったという。
「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ」
自分自身が生き方に悩んでいたからこそ、大人になって改めてこの歌詞を振り返ったときに、いかに哲学的で深い内容であるかを感じ、作詞を手掛けたやなせたかしさんに興味が湧いたという。
翌日、本屋でやなせさん関連の本を買い、その中でも『ぼくは戦争は大きらい』に感銘を受けた。やなせさんの戦争時の空腹の辛い経験が『アンパンマン』につながっていたこと、さらに妻・暢さんの存在を知り、「やなせ夫妻を題材に朝ドラをできないか」というアイデアが浮かんだと語った。
また、『あんぱん』のヒロインオーディションには史上最多応募数となる3355人の応募があったという裏話も明かされた。さらに、テレビを見ない層にも作品を届けるため、放送前からNHKホールでのイベントや展示、SNS発信など新たな取り組みにも力を入れていたという。
様々な初の取り組み
さまざまな初の試みを行っていた『あんぱん』。その一例として、バーチャルプロダクションについて語られた。焼け野原や大空襲のシーンで、通常であればグリーンバックを引いて後で合成するところを、巨大LEDパネルを用いて奥に映像を流し、リアルさを増した状態で撮影を行ったという。実際に会場では、巨大LEDパネルを用いた撮影の様子が投影され、観客の目を惹きつけた。
自分たちの仕事は見てくださった皆さんの心を動かすことでもあり、そのためには現場で芝居をする役者の心を動かさなくてはならない。そのために現場でリアルな光景を見られる環境づくりをしていると語った。
ほかにも、朝ドラ初の海外同時配信を行い、台湾で“あんぱんブーム”を起こしたこと、テレビを見ない人のためにインスタライブを実施したことなどについて語り、SNSなどを通じてさまざまな方法で伝えようとすることが大切だと話した。
物語が生まれる瞬間のために
NHKを「究極のサブスク」と表現したうえで、物語が生まれる瞬間を知るためには、まず自分自身の感情を揺さぶらないといけないと語った。自分がどのようなアイデアに感情を動かされるかを知るためには、喜怒哀楽の振れ幅が大きいことが大切であり、そのためには走り続けること、動き続けること、人に会い続けること、新しい景色を見続けること、失敗し続けること、あきらめないことが重要だと話した。
最後に、「みなさんの心をぐらんぐらんに揺さぶれるような作品をこれからも作っていきたいので、見守っていてください」と語り、会場からは温かい拍手が起こった。
質疑応答
公演の最後には質疑応答の時間が設けられ、数名の観客から倉崎さんに質問が投げかけられた。
Q:これまで多くの人と出会われてきた経験から、こんな人と仕事がしたいと感じるのはどのような人物像ですか。
A: 一緒に働きたいと思うのは「ポジティブな方」です。出演者のキャスティングはもちろん大事ですが、ドラマプロデューサーの重要な仕事に「チームビルディング」があって、いかに優秀かつ人間力のある素晴らしい人材を集めるかが肝だと思っています。朝ドラや大河ドラマは撮影だけで1年以上やっていて、チームの雰囲気がすごく大事なので、そういう意味では「ため息をつかない」「陰口・悪口を言わない人」「ポジティブで前向きな人」を選ぶようにしています。
Q:本日のお話を聞いて行動力がすごいと感じたのですが、普段どのようなことを考えて生活をしているのかを教えて欲しいです。
A:365日24時間仕事のことを考えて生活しているという感じでして。とにかく行動がすべてだと思っているので、様々なプロデューサーがいると思うんですけど、自分が企画をする時には自分の足で現地に行って取材して、その土地で感じたことを忠実に脚本に落としこんでいます。その根源には自分へのコンプレックスがあって、才能あるタイプではないと分かっているからこそ、そこから「人に勝つためには」とか「いい企画をつくるためには」とか考えると、自分自身が動き回って数を打つしかないと思っています。
Q:参考にされた方として挙げた2名を比較したときの共通点と相違点がありましたら教えて欲しいです。
A:NHKには色々な個性あふれるディレクターやプロデューサーがいるので、誰一人として同じ人はいないのですが、共通していると感じるのは「飽くなき好奇心」や「世の中を動かしたい」という気持ちを持っているところです。番組を見て下さった方の1日に無数にある選択を、少しでも大胆でポジティブなものにするべく番組に取り組んでいるという思いは2人に共通してあるのではないかと思います。
Q:将来テレビ局に就職するために学生時代にやっておいた方がいいことは何ですか。
A:大学時代に世界をなるべく感じて欲しいなと思います。自分の今ある価値観を壊すのに一番の方法が世界に出ることなので、海外を旅していただきたいです。色んな人種に出会い、世界中のライフスタイルを知ることで、日本で苦しいときに「自分の生き方が全てじゃない」と感覚で分かるようになるし、もっと貪欲に生きなきゃなと思えるので、ぜひ旅をしてください。
Q:朝ドラと一般的なドラマを比べた際の違いや、朝ドラの特徴を教えて欲しいです。
A:朝ドラは唯一無二の枠だと思っています。1日に複数回放送し、毎日約2000万人に届けられるという意味では、続きが楽しみになるストーリーラインを考えるのはもちろんなんですけど、より地域と連携しているところですかね。『あんぱん』でいったら高知県なんですけど、ドラマというツールを使って地域も盛り上げるという、全てを駆使して地域や日本を盛り上げていけるのが特に朝ドラの強みかなと思っています。
エンディング
質疑応答が終わり、最後には会場全体で記念撮影が行われた。
最後には、「前日、企画中止になったことで悔しい思いをした現役生もいるので、お時間のある方はぜひ校内を回っていただければと思います。そして、また皆さんの心に届けられる企画をいくつか用意してますので、ぜひ楽しみに待っていただけたらと思います。」と観客へのメッセージを語り、トークショーは幕を閉じた。
トークショー終了後も、質疑応答の時間に質問できなかったお客さん1人1人に対応しており、最後の最後まで来場した方に対して真摯に向き合う姿が印象的だった。
テレビの大学2026 in 五月祭
| 名称 | テレビの大学2026 in 五月祭 |
|---|---|
| 日時 | 2026年5月17日(日) 開場12:15 / 開演13:00 |
| 会場 | 東京大学本郷キャンパス 理学部1号館285講義室 |
| 主催 | AGESTOCK2026実行委員会 テレビの大学2026実行委員会 |
| ゲスト | 倉崎憲 |
| チケット | 全席指定:無料 こちらからお申し込みいただけます |
